後悔記

今のところ、宛てのないブログです。

情報収集のストレス

 気力がない。そんなときはいつものように、ネットで文具と飯の情報を漁って自分を慰撫することにしている。

 要するに、物欲と食欲を刺激することによって、能動的なやる気を呼び覚まそうというのである。そして結果は予想できるだろうが、だいたい時間を無為に過ごす。しかし、情報だけは色々と入ってくる。とりとめもなく。

 某所に近年できたカフェは地元人気のケーキを平日限定で出しているとか、ちょっと気になっていたケーキ屋のイートインはドリンクがやたら高くてランチが最低でも三千円する店よりも高いじゃないかとか、そのお高い店も気になっていたけど今は改装中でやってないのかとか、そういえば最近ご無沙汰してた地域にも大型書店があったけなと思えばそちらも調べ、初めて自分で買った万年筆が今度廃番になるんだふーんとか、ああ、あのインクやたら掠れると思ってたけどやっぱり質が落ちてたのか失敗したなーとか、もうすぐバレンタイン商戦もあるから、チョコの美味いの食うのもいいよなぁとか、えっあの店移転するのかとか……。

 そういう、細切れの、今後役に立つのかどうなのかよくわからない情報を雑多に目に入れているうちに、ただただ時間は過ぎていく。

 いつか行こうと思っていると、グーグルマップもつい眺めつづけてしまうし、移動ルートの位置関係が可視化されるのが面白く、また自分の見逃しているルートはないかとか知った土地をぐるぐると眺め、路線を調べ交通費を計算し……「何やってんだろ」と正気づく。

 するとツイッターで、ふと「ストレス発散は大体食か買い物」という文が目に入り、「はいそうでーす! それしか! もう! 目に入れる気力がない!」と、心で悲鳴をあげたのだった。

 しかしわたしの場合は、その発散の行動にすら実際は腰が重い。夢見ているだけでそんな金はないというだけなのだが。そして「ストレス解消のために何か楽しいことをしよう」と集めた情報によって、逆に「はー、でも現実的には無理ですけどねー!」というストレスを溜めていく。

 不毛である。だが調べているときは、一応そのなかから現実性がありそうな何かを実行しようとは考えているのだ。だから真剣に没入する。没入しながら、しかし頭の隅では「……でもこれで一時的な幸福感を味わったってどうするんだ」と冷めた理性の声もする。

 さて、何をすればよいのやら。もうすぐ閉店してしまうあの店に思い出を作りに行くか、それとも本を買いに行くがてらに気になっているカフェにでも行くか、ちょっと奮発してイベント感を味わうために場違いな店にでも行ってみようか、いや、新規開拓としてあっちの地域に行ってみるのもいいか……。

 いや、本当は部屋を片づけなきゃ、本を読まなきゃ、何か有意義なことをしなきゃ、しなきゃ……。ああ、その気力を回復するために、情報を漁っていたはずなのになぁ。