後悔記

今のところ、宛てのないブログです。

家電は安定性

 今日は涼しい。深夜になると、さらに涼しい。しかし、これからは暑くなるらしい。

 そろそろエアコンのフィルターを掃除し、念のため試運転でもしておくべきだろうかと雑談していたら、母に「あんたの部屋のエアコンも古いからねぇ」と不吉なことを言われた。しかし事実なので仕方ない。

 数年前、エアコンの掃除を頼んだ業者の人にも、「けっこう使っているようですし、買い換えとかどうですか」的なことを言われた。しかし、今のところ機能的には使えているので、古いエアコンもそう悪いものではないと信じている。

 新しいエアコンは便利な機能も追加されているだろうけど、そのために値段が上がったり、操作やメンテナンスが複雑になったり、あるいは、メンテナンスを自動化するためにこちらの望んでいない機能が付加されていたりすることがある。

 とくに最新家電情報などを仕入れているわけでもない身には、いきなり店に行って選ぶことを考えると、ちょっと憂鬱になってくる。とても自力で見定められる気がしない。また、その手の情報をネットで調べるにしても、その情報量に振り回され、脳が疲れて結局何がいいのかわからない、という結果になったりする。

 身近に、そこら辺の詳しい知識を持つ人がおり、直接相談できればよいのだろうが、今のところそうした人材のつてもない。わりと、情報に関しては孤島のようだなと感じることも多い我が家である。

 だからエアコンは壊れない。そう信じたい。

 十何年か前、ちょうど盛夏を目前にしてエアコンが壊れてしまったことがあった。居間のエアコンなので、寝起きに使っている部屋ではないことが救いだったが、当時テレビを見るにはその部屋を使うしかなかったので、そこは不便だった。

 壊れた原因は、台風時の落雷だった。たしか、二十年近く使っていた「霧ヶ峰」だった。カバーがちょっと木目調だったのが、いかにも昭和の家電という風情だった。水漏れや、何度かあった不調を修理で乗り越えてきたエアコンだったが、とうとうそこで寿命が尽きた。

 そのときわたしは、「あー、家電って本当に落雷で壊れるんだ……」と思った。以来、雷の鳴っているような日は、家電やPCを使うのにビクビクする。

 そういえば、我が家リフォームをしたての頃、ブレーカーが夜中に何度も落ちて、あれも心臓に悪かった。結局、電気屋にその後追加で色々と対応してもらって、ようやく落ち着いた。(しかし、なぜブレーカーが落ちるのか原因はわからないと言われてしまった)

 ……水道から水が溢れて止まらないとか、シャワーがすぐ壊れるとか、作業している人たちが「話と違う」と怒鳴りあっているのを聞いてしまうとか、わざわざ避けておいた私物の上に汚れた工具を乗せられたとか、取り外しのできないモデムが粉塵まみれになってるとか、本をしまっておいた箱が屋外に置いていたために雨水が染みてきたとか、新しくしてほしかったところはなぜかそのまま残ってたりとか、リフォームは脆弱な精神をごりごりと削られた思い出でいっぱいである。いくら吐き出しても足りない。いや、まったく面白くもない話で申し訳ないけど。

 そんなわけで、もう家の中のものは、新規性よりも安定性を望む。とにかくトラブルは避けたい。ストレスに弱すぎるわたしの精神のために。