後悔記

今のところ、宛てのないブログです。

一匹の蚊

 パソコンに向かって作業をしていると、視界にちらちらと黒いものが映った。蚊だった。しかも、けっこう活きのいい蚊だった。

 反射的に捉えたくなったけど、パソコンのモニターやキーボードの周りをちょろちょろ飛んでいるので、上手く叩き潰せる気がしない。仕方ないのでそのときは諦め、まあ寝るときになっても飛んでいるようだったらなんとかしよう、と切り替えた。

 蚊というのはもともと一年中いるものらしいが、活発になるのは当然夏である。昔は随分と安眠を妨げられ苦しめられたが、最近はそうでもない。一説によると、真夏の暑さは、もはや蚊にとっても過酷な環境らしい。

 寝ている間にぶんぶんと耳元でうるさく飛ばれ、あげくに顔など刺されて痒みでたまらなくなる夏の夜など過ごしたくはない。なので、蚊がその猛威を奮わないことはありがたいのだが、たぶん、地球環境的には絶滅しても困るのだろう。

 「一寸の虫にも五分の魂」だぜ、と幼心に擦り込まれた諺が頭をかすめる。しかし、だからといって蚊を叩き潰すのに躊躇するわけでもない。それでも、ふと「これも殺生なんだろうな」と余計なことを考える瞬間がある。まあ、わたしは基本的に人間至上主義であるので、人の命と尊厳を優先すると決めているのだが。

 べつにこの地球上で人間様が一番えらいとか賢いとか思ったことはないし、生命体としては地球環境のド新参ではあるという知識くらいは持っている。たぶん、滅びるときは滅ぶし、それが明日ひと思いにやってくるというのなら、それはそれで悪くないとも思っている。

 でも生きている間は、蚊に刺されて痒くなりたくはないわけだ。

 「それはエゴだろうか」とか、「いや、それをエゴだと捉えることこそが傲慢なのだ」とか、まあ、抽象観念的な思考を弄ぶのには慣れているが、あまり益はない。シナプスの無駄遣いである。

 そしてそんな余裕をかましていられるのも、相手が蚊という儚い存在だからなのだ。同じ虫でも、対峙することすらキツい種相手には、そんな悠長な思考すら生まれてこない。一刻も早く、生活環境から排除をすることで頭がいっぱいになってしまうだろう。

 そう、これからは、そんな虫たちと遭遇する機会が増える季節に入っていく。とくに水回りは注意しなくてはならない。下手に部屋に招き入れないように、窓やドアの開放にも注意しなくてはならない。

 一匹の蚊は、わたしにその緊張感を思い出させたのだった。