後悔記

今のところ、宛てのないブログです。

新しい靴

 腰の調子は一進一退だ。調子が悪いとメンタルに響くのが嫌だ。なので、メンタルにもよさそうで運動にもなり、腰に負担もかからない散歩を増やしている。

 しかし、薄々気づいていたが、そろそろ直視しなければならないなと思ったことがある。私の履いている靴が古い。とうに十年くらいは履いているんじゃないかな、という案配だ。だって、履き心地がいいんだもん……。

 たしか今はなきデパートで買った、10000円以上はしたウォーキング用のいい靴なんだよ。色も気に入っていたし、歩きやすいし。でも古い。ちょっとした雨の日に歩くと、なんかすぐ濡れるなあと思っていたら、もうつま先のところが劣化してガパッとなってたことに気づいてしまった。

 気づきたくなかったなー。一生この靴履いていられればよかったなー。

 私の思考回路は、すぐそんな風に思ってしまうから駄目なのだ。変化に弱すぎる。ありえない安定を求めすぎている。だからちょっとしたトラブルや変化に、いつも恐怖や不安ばかり増幅されてメンタルが病むのだ。

 変化にも慣れなくてはならない。受け入れなければ。と、私は靴箱を探って、何年も前に買ったはいいものの、殆ど履いていない靴をようやく取り出した。これからは、足に馴染ませるためにこっちの靴も履いてみよう。合わなかったら、また新しい靴を買えばいいさ、と。

 履き慣れない靴は、心地よくない。それはもう仕方のないことだ。

 幅は悪くない。足にもちゃんとフィットしている。でもいつもの靴より、底の当たりがちょっと硬い。あと、足首に当たる部分も硬くて、ちょっと痛い。でもこれは履いているうちに柔らかくなるかもしれない。

 最初は、自転車で試した。問題はない。次に、一時間ばかり歩いてみる。初めは足首に当たって痛いと思っていた部分も、しばらくすると気にならなくなってきた。これならいけるかもしれない。

 それでも、家に帰ると、やっぱりいつもの靴よりも足が疲れているような気がする。いつもの靴は、とにかく全体的に足への当たりが柔らかくて楽なんだよね。唯一の欠点は、靴紐がほどけやすいこと。ちょっと歩くたびにほどける靴紐に、苦労した。

 でも新しい靴は、靴紐がない。その分、足首周りが硬いのかもしれない。ファスナーもないので、靴を脱ごうとするたびに、屈んでファスナーに触れようとして我に返る。そんだ、この靴はファスナーはないんだ、と。

 慣れない靴を慣らすのには時間がかかる。