後悔記

今のところ、宛てのないブログです。

なんとか一年生きていた

 大変にお久しぶりです。とくに何もありませんが、なんとなく日記を書きます。日々、なんとか生きているなぁという感じです。なんで生きているんだろうなぁとも思います。

 気がついたら新型コロナウイルスとかで世の中大変なことになっているけれど、私は個人的に去年から心身の調子を崩して大変だったので、あの大変さはこのときのための予行練習だったのかとすら思えてきました。

 そう、去年の四月にちょっとしたきっかけで心身の調子を崩して、時折急に強い不安感恐怖感におそわれてどうしようもなくなる、みたいな感じになりました。まあ今は落ち着いています。というか、そうなったのは初めてではなく、実は十六年前くらいにも同じような状態になっていたのでした。そのときに精神科だとかメンタルクリニックだとかに行っておけばよかったのかもしれませんが、私は近所の内科ですませてしまったので、「夏バテ」と診断されてそのまま時間の流れに身を任せてしまいました。その後悔もあって、今度はちゃんと心療内科に行ったわけですよ、予約して一ヶ月くらい待ちましたけど。それが去年の六月で、なんか抗不安薬みたいなのを十錠ばかり処方されておしまい。

 病気というより、なんか「体質」みたいに言われてしまって、「治る」もんではないと言われても困ってしまったけれど。たしかその帰りにスタバに寄って、コーヒーを飲んでいる間にもやっぱり意味の分からない不安と恐怖が湧いてきて、もう一生こんな感じだったらどうしようと思ったけれど、なんとか時間が経つごとにましになりました。

 とはいえ、不安や恐怖を煽るようなきっかけがあると、またその状態に戻ってしまうのが困ったところで。その状態になると、フィクションとか楽しめなくなってしまうんですよ。あまり刺激のない日常もののドラマならなんとか見られたりするけれど、アニメは刺激が強いのかどうも不安恐怖が湧いてダメで。本を読む集中力も、気力も湧かない。とにかく意識があることがつらくて(意識があると不安と恐怖しかないので)、それを刺激しないように何も考えないように、ずーっとパズルゲームとかやってました。

 薬は結局あまり飲まなかったんですよね。効かないと怖いし、効いて無くなるのも怖いし、無くなってからまた予約して病院行くのも怖い。だったら昔のように、また時間が治してくれるのを待つしかないな……と。

 まあそれで、七月頃には多少マシになったけど、ちょっとしたことがきっかけになって、ストレスがすごくて衝動的に出かけて、時間を潰すために映画を観たんですよ。『トイ・ストーリー4』を。これなら不安や恐怖を刺激しないだろうな、と信じて。いやぁいい映画でしたねぇ。観てよかった。でもやっぱり途中で不安感は増した。(これはストーリーとは何も関係なくて、自分の神経が弱っているだけの現象なのですが)

 そして十月頃にはかなりマシになっていたのですが、そこへやってきたのが台風ですよ。台風のせいでまたズドンと悪化しました。「この台風が過ぎ去るまで気絶していたい……この意識があるまま数日間超さないといけないんて耐えられない……」と思いながら、なんとか耐えました。きつかった。ちょうどその頃、近所で工事をしていたのでそこから資材が吹っ飛んできて家が壊れるんじゃないかとか、本気で心配してました。しかし台風は無事に(とりあえず我が家は)過ぎ去ったので、すぐに調子は戻りました。

 そして次のハードルがやってくる。これが一月。Windows7のサポートが終了するので、私の使っているパソコンのOSを、アップグレードしなければならなかったのです。

 これも私にはしんどい作業でした。なにしろ私はとてもデジタルストレスに弱いのです。十六年前に心身の調子を崩した原因のひとつも、パソコンのトラブルにありました。今でもアップデートが必要になるたび、それが終わるのを待っているだけでストレス性の下痢になります。それもなんとか乗り越えました。これは自分で自分を讃えたい偉業です。

 そこで次にやってきたのが、新型コロナウイルスの世界的なパンデミックというわけです。一時期はやばかったですよ。食欲は失せるし、夜は眠れないし、薬も飲んでみたけれど効いたのかそうでないのか分からなかったし。しかしこんな状態で病院には絶対に行きたくないし、と。

 まあ、それもなんとか落ち着いてきました。でもまたなるんだろうな、と思ってる。

 なんとか生きているけれど、首都圏住みの自分にはこれからの第二波がとても不安だし、国も都もまともな体制を整えてくれることも期待できそうにないなーと悲観的になっている日々です。いやだって、感染者は増え続けているのにこれから国内旅行のキャンペーンとかやるの、ふつうに自滅行為じゃないんすかね……舐めプすぎじゃないですかね……。

 そんな感じでまったく落ち着いてはいないけれど、なんとか生きています。ほぼ生きているだけだけど。

色々あったが、棚は買った

 お久しぶりに更新です。

 これまでにも何度か記事を書こうかと思った機会はあったんですが、なんとなく気力が足りないまま諦めてしまいました。

 四月の下旬から大きく心身の調子を崩し、病院の予約をして一ヶ月以上待って、それでも根本的な解決にならず、というかそれは病気ではなくて体質のようなものだから対処療法しかできないと医者に言われ、一応の薬を処方されたものの、殆ど手を付けずに時間が過ぎるのを待つしかなかったという状態でした。

 その間も、調子が良くなってきたかと思ったら悪化しを繰り返し、自分はもう一生この調子なのかとかなり落ち込んでもいましたが、最近なんとかようやくマシになってきたかなという感じです。

 おかげで、こりゃ真面目に運動を再開しなければならないなと決意しました。中年なので、健康のことは真剣に考えないといけません。ただでさえ自堕落で怠惰な、自分に対して甘く、現実認識の適当すぎるわたしですが、健康状態がズトーンと落ち込んだときばかり殊勝に「うう、体力……免疫力……ストレス耐性を上げるための脳内物質……自律神経……」と付け焼き刃な健康知識から「運動、しよ……しなくちゃもう肉体は保たない……」という境地に至りました。

 とはいえ、もともと運動習慣が身についていない、ダルダルに弛みきった心身の持ち主なので、「ま、まあ、自分の生活習慣の中で、自分にできる範囲でね」という感じの、緩い運動しかしていません。以前にも、「大切なのは、続けること」とか言いながら運動を始めたというのに、すぐにその基本マインドを忘れてしまうのだから、わたしという奴は愚かしいです。この歳にもなって、何度も同じような痛い目をみては反省するの繰り返しです。進歩に欠けますね。

 そんな感じで、なんとか生きています。そうそう、ついこの前、部屋を片づけるための念願の棚も買えました。ニトリで、八千円くらいのやつです。自分で組み立てたら、かなり筋肉痛になりました。組み立ててから「そうか、この世には『電動ドライバー』とかいう文明の利器があったのか」と気づきましたが、家具の組み立てなんてそう頻繁に行うことのない我が家なので、そんな便利なものは置いてないのです。

 そして、棚を購入し、組み立て、設置したところで今現在気力が尽きています。部屋が片づくのは、まだまだ先になりそうです。なにしろ、片づけのメソッドというものがまったく身についていない人間なので、そもそもこの棚に何を収納するかなんて考えてはいなかったのです。

 それでも毎日毎日、机とベットへの往復移動をさせていた荷物はとりえずその棚に突っこんでおけるので、それだけでも楽になりました。しかし、片づけはこれからも、多分死ぬまでわたしの頭を悩ませつづけるでしょう。

ブレないボールペンを買った

 なんとかダラダラと生きていたら、とうとう四月も半ばになりました。えらいことです。気がついたら平成が終わるということになっているし。しかし、元号が変わろうが変わらなかろうが、いちいち過去をふり返り反省と悔恨に沈む日々というのは、わたしにとっての日常なので、時代がどうとか考えたくはない。

 ということで、最近買ったペンの話を書きます。ペンの。

 ツイッターで目にした評判にまんまと流されて、『ブレン』というボールペンを買ったんですよ。ボールペンです、ゼブラの。なんか、独特の構造で芯がブレないらしい。その存在を初めて知ったとき、夕食の席でわたしは母に話しました。「芯がブレないから書き心地がいいらしいよ」母は返してきました。「ボールペンの芯ってブレるの?」そこなー。自分もそれは思った! 思ったけれど、わざわざ新しく「ぶれない構造」を売りしてきたということは、従来のボールペンにはぶれる余地があったということになる。我々が気づいていなかっただけで。

 いや、気づいていなかったのなら、それはペンとしての瑕疵とは呼べないのではないか。しかし、ものの進化発展というのは、消費者すら気づいていなかった欠点をつまびらかにし改善を重ねていくことでは?

 最近ではもっぱらゲルインクペンを愛用し、たまに水性ペンを使うくらいに文具熱の下がっていたわたしに、久々に「そんなの使ってみなくちゃわからんやんけー。そうかー、そう思わせて買わせるつもりかー。この商売上手めー。よーしじゃあ乗ってやろうじゃないかー」と思わせてくれたのでした。

 まあ結論をいうと、ボールペンなんですよ。ブレようが、ブレなかろうがボールペンなので、ボールペンを求めていない人にはあまり意味のない品だったかもしれない。遅めの昼飯を食いに行ったマクドナルドで、ちょっとメモをとろうと書きはじめてみて、おそらくはメモを斜めに持っていた体勢も悪かったのだろう、インクはすぐダマになるし紙の上で糸を引くという、いかにも「油性ボールペンだなぁ」というインクであり、わたしはすぐに、いつもの Juice up 0.4 を持ってこなかったことを後悔したし、むしろ今までこうしたメモ書きでどれだけ  Juice up 0.4 というペンに助けられていたかを知ったのでした。

 まあ、そんなこともあるさ。出先のメモには向かなかったというだけで、わたしはまだブレンの本当のポテンシャルを知らないだけなのかもしれないし、わたしのペンの使い方や環境によっては、そのポテンシャルを発揮することも理解することもなく終わるのかもしれない。文具との出会いは、いつもそういうスリルに満ちている。

今年が始まってしまったようだ

 毎年毎年、年末年始は魂の地獄だぜ!

 そんなイベントがようやく一段落した気がしたので、ブログを書きます。何が起こったのかというと、元旦から親類が泊まりに来て、今日無事に帰ったというだけのことです。出来事としてはそれだけなのですが、その背景にある我が家の事情と、それに触発されるわたしの精神状態が地獄過ぎて逃げ場もなかったというだけで、まあ毎年のことです。時間が経てばやり過ごせる程度のことだと分かっていても、その間の情緒の乱れっぷりは理性でどうにかできることではなかった。

 というわけで、心の安寧を図るために、今年もグラブルのキャンペーンがあって助かったのです。毎日無料ガチャをサービスされて、リミテッドのシヴァや闇ユーステスが出てくれたことに、「あ、なんか運いいかも」と勘違いさせてもらえて感謝です。おかげで気が紛れる。周回作業も苦じゃない。

 一昨年はわざわざ某百貨店の初売りに早朝から行ったりしていたというのに、もはやそんな気力はない。だいたい、その百貨店は閉店してしまったのだ世知辛いから。去年はコメダに行ったけど、そのときもろくなことはなかったし、これはブログに書いた。

 正月はつらい。おめでたい気分なんて微塵もない。顔を合わせる親族それぞれ、みな大変なことがあるのだと知っている。でもそこには触れない。みんなしんどい。この先がどうなるのかわからない。当たり障りのない会話をして、何事もないかのように振る舞うが、当然のように実は知っているのである。でも、その知っていることを絶対に話題にはしない。現実に、この家の中に存在しているのに。

 大人の振るまいと言えば聞こえはいいが、茶番であるし虚無である。毎年毎年これを続けて、よくみんなすり減らないなぁと感心する。それとも本当に、わたし以外は誰も気にしていないのだろうか。諦めているのだろうか。いや、諦めて割り切れるようなことなのだろうか。だってあんた、昔は言ってたよね「うちは異常だ」って。うん、わたしもそう思う。そしてそれを言える立場なのは、君だけだとすら思っていたよ。でももう、そんなことを口にしてもしょうがないという感じになっている。そりゃそうだ。時が流れて優先順位が変化したのだから、もうわざわざそんな危険な真実を口にするリスクなんて負う必要はないのだ。

 そしてもう誰も現実を見なくなった。語らなくなった。不都合なことは、嫌なことは、まるで存在していないもののように扱うことで平穏を演じるようになった。この場にいる幼児は、大人のそんな事情など知らないだろう。でもいつか知ることになる。そのときが怖い。心底怖い。この人たち、それを想像したことあるのかな? と考えてしまう。わたしが考えてもどうしようもないことを。まるで間違っているのは、頭がおかしいのは自分のようにも感じるし、実際に自分の思考はネガティブに暴走しがちなのでその通りなのかもしれないとも思う。どちらにしても救われないが。

 そんな感じで二〇一九年も始まってしまったらしい。そう、生きているかぎり、この地獄の延長戦は続くのだ。

眼科に行ってきた2018秋

 とうとう、コンタクトレンズを新しくしたのだった。

 具体的にいうと、もう三年だか四年だか使っているハードのコンタクトレンズがそろそろ寿命のはずで、すぐに霞んで見えにくくて本も読めないし、右目のゴロゴロした違和感も消えないし、いい加減どうにはしなくてはと、眼科に行ってきたのだ。

 で、去年の秋、既にこんなものを書いていたわけだが。

mkhs.hatenablog.com

mkhs.hatenablog.com

 つまり、コンタクトレンズが目に合っている気もしないし、見えにくいし、そろそろ寿命だしと不具合を自覚しておきながら、「やっぱコンタクト新しいのにしなきゃ」という決断を下すために、一年をかけたということだ。

 約一年ぶりに行った眼科は、去年行った眼科とは異なるところで、母が白内障の手術をしたときにお世話になった眼科であり、一度そっちにも行ってみてはどうだと前々から勧められていた。

 で、あまり期待もせずに行ってみたわけなのです。コンタクトレンズを新しくしたからといって何が変わるのかも自分ではわからなくなっていたし、正直「無駄かもしれないけど、とりあえずレンズはもう寿命だろうから行くしかない」と、思いながら。

 もう自分の頭で考えて判断するということに自信が喪失していたし、とりあえず待合室の椅子に憂鬱な気分で座りながら、何も考えたくないと思っていた。どこまで上手く説明できるか、コミュニケーションできるかわからないけれど、とりあえずは診てもらって話してみないことには答えはでない。考えるべきことは、そのときに考えよう、と。

 もういい歳した中年なので、そんなことしょうもないこと考えているとは顔に出していたと思いたくない。平凡でふつうな顔をしていたと思いたいが、そういうときの自分の顔は客観的に見られないから不幸なことだ。

 しかし、今回の医者ははっきり言ってくれたので、助かったのだった。

「アレルギーですね」と。

 そしてすっぱりと、使い捨てタイプのソフトコンタクトレンズを勧められた。

 …………ええー。ちょっと、わたしがこの一年我慢してきたことって、何だったの? マジで何だったの? 去年のわたしの伝え方が間違ってたの? いや、医者に話した情報量は去年と何ら変わりないはず。はずなんだ。でも去年の眼科は、ただ目薬を処方されて終わった。ハードのコンタクトレンズも、きれいに使ってますね的に褒められたんだ。だから自分の目には負担で合わないものだとは思わず、そのとき目の調子が悪かったから見えにくくなっているのだと思って……思って、一年、見えにくいまま過ごして……。

 これだから病院に行くのが怖い。

 そして新しくしたコンタクトレンズは、久しぶりのソフトだったので、目に入れてもゴロゴロした違和感がないだけで、かなり楽なのだ。そう、わたしはずっとハードのコンタクトレンズのちょっとした異物感を解消されないままにしてきたが、「そのうち慣れれば違和感はなくなる」という言葉を信じてきたのだ。しかし、違和感は三年だか四年だか、ついには消えることもなかった。これも無駄な、意味のない我慢だったのだろう。

 初めに処方してもらったコンタクトレンズは、実は度が強すぎて見えにくかったのだが、少し弱いものに換えてもらったら、ちゃんと本も読めるようになった。

 しかし、そこで「よかった、よかった」……とはならないのが、人生だ。

 使い捨てのコンタクトレンズに換えたせいで、コストパフォーマンスはかなり悪くなった。しかし、目の健康や見やすさを考えると、選択肢がない。定期的に視野検査もするようにと言われてしまったし、これからも眼科には行き続けなければならないのだ。そのうちまた目が不調になるかもしれないし、今後の状況によっては買い換えのコストも大変なことになるかもしれないし。そういう面倒なことの付き合いというか対処は、死ぬまで続くのだ。

結局買わなかった

 久しぶりに秋葉原に行ってきて、とても疲れた。

 秋葉原といっても、わたしの行動範囲はとても狭い。とりあえずの目的地は、ヨドバシカメラだった。いくつか購入や買い換えに迷っているものがあるので、買う買わないは別にして(買うことを目的にするととても迷ってストレスが溜まってしまい、逆に外出する意欲がなくなるため)、下見というかお出かけ気分で行ってみることにしたのだ。

 結果、疲れた。

 疲れて何も買わなかった。ただひたすらフロアをぐるぐるしていた。

 秋葉原は、以前に通院していたときの通過点であったので、ヨドバシにも何度か寄っているのだが、ここでろくに買い物ができたためしがない。せいぜい丸福コーヒーで一服するくらいだが、今日はタイミング悪く満席だったので諦めた。

 だいたい、商品が多すぎるのである。選べないほど多いのである。そして人も多いのである。平日だからと甘く見てはいけなかった。外国人観光客も多いし、そうでない客もふつうに多い。あそこはそういう場所だった。そうだった。

 買い物に疲労は天敵である。判断力が鈍る。思考力が落ちる。店側としては、その衰えた判断力でえいやっと余計なものまで買ってもらえるメリットもあるのかもしれないが、こっちは逆に迷いが生じて財布の紐が固くなるタイプであった。お互いに、よいところがない。

 あの、とにかく物量と人の流れにクラクラしてしまう空間、最初はちょっと楽しいのである。しかし、どうも落ち着いて買い物をするという空気は、ない。

 みんなよく買い物できるな。最初から買うものを決めているのかな。まあその方が絶対に効率的だし賢いよね。わたしのように、あんな栄えた店で、現物を見てから選ぼうなんてするのがアホなのかもしれない。

 そうだよ。最近はネットで下調べして、目安を付けてから来るんじゃないかな。いや、わたしもちょっとは調べるんだけどね、でもネットで調べても結局決断できないんだよね。調べ物は調べ物でどこまで信じていいのかわからない情報の氾濫で疲れるし。そう、結局疲れる。

 せっかくの大型店なんだから、店員に相談しろって? 無理。怖い。(終了)

 で、何が欲しかったのかというと、いくつかあるがメインに考えていたのは、ヘッドフォンだった。どうしても欲しい必須の品というわけではないが、前々から新しいやつが欲しいなとは思っていたのだ。どうせなら、我が家の騒音が気にならないようなやつがいいな、とか。

 そう、結局は騒音対策である。我が家の、室内の。壁が薄くて響き渡る、深夜の騒音含め。とても個人的な。なんとかそこに心煩うことなく、安心できるようになりたい、と。そんな事情とか用途を、あまり他人(店員)に説明したくもない。

 冷静になると、自分はヘッドフォンに期待しすぎている気もする。そもそも音楽を聞くためのものであって、騒音対策のものではないのだから。それを思うと、ますます購入に対する忸怩たる思いが湧いてきて、迷ってしまうのだ。

 そんな感じて、ただ売り場をうろうろしているだけの冴えない客がいるとしても、当人はそれなりに色々悩んだり迷ったりしているので許してほしい、と思うのだった。

台風一過

 九月の終わりに台風がやって来た。最近は涼しくなってきて、金木犀なんかも咲きはじめて、今年ははやいなぁと思っていたら、もう十月だった。

 深夜から早朝にかけて、台風の影響で何度も停電したり直ったりが繰り返され、よく眠れなかった。最初に停電になったときには、PCでネットを見たりお絵かきをしていた最中だっただめ、とても精神に負担がかかった。しかし、そこで自分が悩んだところで何も解決はしないし、おとなしく寝るしかないなと床についたのだが、電気がないのはとても困る、困りすぎる、だいたいうちの便所は電気がないと水を流すこともできないので、電気が不安定になるといつも心配になってしまう。

 久しぶりに寝付けない、妙に火照って苦しい状態がつづき、起きても停電が直ってなかったら、わたしはどこかへ逃げようかと考えていた。図書館にでも、行くか。それくらいのことしか思いつけない行動力のなさも、哀しい。

 こんなに精神的に弱くて、これからどうやって生きていけばいいんだろう。気がつくと、そんなことを考える。考えるから眠れないのだ。意識を逸らそうと、まったく関係のない楽しい妄想に逃げようとするが、逃れきれない。

 だいたい今わたしが生きていることすら、何かの間違いであり誤魔化しなのだとしか思えなかった。誤魔化しだから、今辛うじて保っているバランスが崩れれば、どうにもならずにわたしは死ぬしかない状態に陥るだけなのだ。みんなそうやって死んできたのた。これからも死ぬのだ。人間の社会なんてその程度に脆弱なもので、安泰だと思っているものなど幻想でしかなく、社会にとっては重要でない部分、見えない興味も持たれない部分では、そうして毎日みんな死に向かって生きているというだけなのだ。

 みたいな考えが、どうしても脳にべったりと張り付いて離れなくなる。これを忘れるためには、わたしには娯楽とか現実逃避の作業というものが必要で、それを与えてくれるお絵かきやソシャゲや本も、この電気の通らない闇の中では手に入れることができない。

 だからせめて寝て逃避しようと思ったのに、寝付けないからわたしはひたすらこのネガティブな自分自身の思考と向き合うしかなくなるのだ。

 そして早朝になり、停電が直った気配がして、わたしはようやくストレスから解放されることになった。電気だ。つまりは、生活のためのインフラが失われる恐怖や不安が、わたしの心を押しつぶしていたのだ。

 とても単純すぎる。だが、それがわたしという生き物の習性なのだと受け入れるしかない。

 台風の去って行った十月一日は、予報通りに暑かった。